対談インタビュー01

GIDへのホルモン治療とジェンダーへの想い

長野県佐久市の佐久医療センターにて、GID患者へのホルモン治療を行っている小口治医師。今回の対談は小口医師が何故GID患者へのホルモン治療を行うようになったのか?そして多様なジェンダー(LGBT)への想いを対談形式にて取材させて頂きました。(2023年3月14日) ※対談内容を記事にまとめたものになります。省略や修正している箇所もありますことをご了承下さい。Youtubeチャンネルで対談模様の動画も公開しております。

【自己紹介 GIDのホルモン治療を行うようになったきっかけ】

古江「それでは自己紹介をお願い致します」

小口「小口治と申します。岐阜大学を卒業後、信州大学の産婦人科に入局しまして、県内の病院をいくつか回った後に現在の佐久医療センターに落ち着いております。10年ほど前からこの病院で産婦人科の部長と、周産期センター長を務めている現役の医者になります。年齢はもう60過ぎになりますね」

古江「ありがとうございます。何故GID(性同一性障害)のホルモン治療をやるようになったのでしょうか?」

小口「10年以上前にとある病院からの打診がありまして、我々としてはやったことがないが、出来る事ならやりましょうとお受けしたのが始まりですね」

古江「それまではGIDはご存じでしたか?」

小口「知ってはいましたが、実際にカミングアウトしている人に接する機会は無かったですね」

古江「2000年初頭のテレビドラマである3年B組金八先生で、上戸綾さんがGIDの役をやられていてそれで知ったという方はたくさんいらっしゃいますよね。認知が広がり実際に患者さんは相当数いらっしゃいますか?」

小口「本当はいるんだとおもいます。病院の職員の中にいてもおかしくはないし、医者でそう言った方がいらっしゃることは耳にしたこともあります。10年前はマスコミにそういった方が増えはじめました。実際にこの地域でどうなのかは心配していました。最初の患者さんは自分の状況を把握した上で、会社に雇用されて働いていましたので、比較的に認知はされているのかなと思いました」

【GID当事者(MTF)から見た信州の現状 日本という国の風土】

古江「わたしも5年ほど前に移住してきまして、冬場に小海町の役場で確定申告のアルバイト募集があったのですが、ありのままに履歴書に書いて応募しましたところ、女性として採用して頂けました。女子更衣室や女性トイレの使用も許可して頂いた事は、とても理解が深いと思えましたし、嬉しかったですね」

小口「信州のこの辺りは観光業が盛んな事もあって、外からの方を受け入れる土台があるんじゃないかと思うんです。そう言った意味で開かれている部分があるという気がします」

古江「ただコロナの影響で農業がダメになりまして、再就職を一時行っていた時期があるのですが、まあ私の年齢もあるのでしょうが色々とハードルが高い印象は受けました。『戸籍上の性別でしか扱えない』ですとか派遣会社に関しては『また連絡致します』といってそのまま連絡が無いこともありました。そういった事が重なって、私が女性として社会復帰しようと思った10年前と変わったように見えても、まだ変わっていない部分も多いのかなと感じました」

小口「日本人というのは単一民族(本来は違います)の社会的な側面があると思います。異色の人をどうしても怪訝な目で見てしまう風土があると思うんですね。それと共に人間はカテゴリーに嵌めて理解しようとする側面があります。男女で分別したり、町の人間、外の町の人間、学歴などもそうですし、レッテルを貼って理解をするような、外堀を埋めようとする風土があると思うんです。それを基本とするルールにしてしまうと、ルールに従っているという事が大事になってしまい、個々の要望に対する答えを出さない事が問題になってきますね」

【この日本にジェンダーコンサルティングサービスは必要か?】

古江「日本社会の”出る杭は打たれる”と言う一言に表されていますね。私がAGSを立ち上げた理由として、現状のやり方ではまだまだ理解が広がっていかない事や、認知は広がっているが絶対数が少ないこともあり理解したくても理解が出来ない人もいる。身の回りに存在しない事はどうしても他人事に思えてしまいます。AGSは実際に互いの橋渡しを行い知ってもらう事で理解を広げようと活動しています。ジェンダーコンサルティングサービスは日本に必要だと思いますか?」

小口「必要だと思います。その理由としてはマスコミにマイノリティの方はたくさん出ていますが、どうしてもその特性上キャラの濃い人が多いと思うんです。ですので一般の方からすると「ああいう人達なんだ」と誤解され、それを不本意に思う方がたくさんいらっしゃると思うんです。そういう事をお話しできるのは、実際に社会で普通に暮らしている人達だと思いますのでその一翼を担う事もありますし、企業体としてどうするのか?という認識がされていない事もあると思います。お手洗いの問題やハラスメント等の問題が起こった時にどうするのか?と言うことはあるのでしょうが、それでは遅くなっているかもしれませんから…」

古江「そうですね。私が思う所としては、ハラスメントが起きてしまった時には既に手遅れだと思っています。当事者は色々な悩みを抱えていますし苦労もあると思うんです。会社組織というのは、日本社会の”出る杭は打たれる”の縮図だと思っておりまして、言いたいことが言いづらい状態だと様々なストレスやフラストレーションが溜まっていきますよね。そうなってくると普段気にしない事なども不満になってくる。それが心の許容量を超えた時に、訴訟などの問題に発展します。それが起こってしまうと、もうどちらにもメリットがなくなってしまうのです。訴訟を起こす側も受ける側も、様々な手続きが発生しますし、仮に当事者が勝訴したとしても、今後その会社と上手くやっていけるのか?と言われるとそれはまた別問題ですから。結局お互いが良い気持ちにならないまま終わってしまうような気がしてならないのです」

小口「おっしゃるとおりですね。仮に当事者が裁判で勝訴しても、その人の傷が癒える訳ではないんですよね。確かに何かしらの保証はされるのかもしれませんが、その人が傷ついたことを癒やす力にはならないと思いますね」

古江「やはりみんな仲良く手を取り合って暮らしてきたいですし、訴訟は誰も起こしたくないのが事実だと思います。AGSを通じて当事者や組織のストレスなどが蓄積しないよう、第三者機関としてAGSのようなジェンダーコンサルティングサービスが関わることで、会社組織も当事者の方と上手く付き合っていくことが出来ればと考えています」

小口「そうですね。良いことだと思います。村意識等のテリトリー感覚でその中で完結しようとする風土が日本にはあると思うのですが、その時に他を排斥する形は良くないと思うんですよね。会社などの組織には色んな人がいて良いと思います。会社組織の中で同じ目標に対して、色々な得意分野で各自が貢献出来ればいい。企業はそう言った考え方になるべきだと思いますね」

【海外で性別変更が自己申告制の流れになってきている現状について】

古江「それでは現状のLGBT界隈の動きについてです。流れがすごく速いですが、海外では性別が自己申告制の流れになってきているようですが、その事についてはどう思われますか?」

小口「自然科学の一部が医学なので、生物学的に男に生まれた人はずっと男、女に生まれた人はずっと女、それが戸籍の性別であるならそれは変えられないのですが、社会的なジェンダーとしての性を戸籍に載せると言うことであればそれは変更して良いと思ってます。ただしそれは好き勝手にして良い訳ではないとも思ってます。現在では子供が性の不一致で苦しんでいる場合に、学校の教員はどのように接するべきか等、業界では色々な議論がされているようなんですね。いくつだったら心の性を認識した事にするのか?何処で線引きするのか等、自分の申告も一つの材料であるのですが、その申告が一人歩きするようなことは歯止めをかけないといけない気はします」

古江「たしかに私も性同一性障害の当事者なので、それが実現されればどれだけ楽になるか… とはおもいますが、やはりある程度の基準(GIDの診断やホルモン治療など)を設ける必要があるのでは無いか?と思っています」

【法律の性別変更の問題点 日本の性教育や真の共生社会に向けて】

小口「そうですね。先ほど言ったこととは矛盾するかもしれませんが、性同一性障害に関しては自分のアイデンティティーの根本に関わる部分が常に違っていることを日常生活で晒される訳ですから、そう言った方達のストレスは相当に高いと思うんです。自分の存在そのものに揺らぎが起きる事になるので、そう言った方達をそのままにしておく事はおかしいと思いますから、日本では法律の整備も含めて進めることは、本当に必要だと思います。子供が大人にならなければ性別変更は認めないと言う条項が残っていますが、それは本当に子供を大事にしていることになるのか?と言う事もありますよね。それは家庭の中の問題ですから法律で一概に言って良いことなのか?ということもあり、自分が診ている患者さんでも感じますが、苦しんでいらっしゃる部分があると思いますね」

古江「性同一性障害の場合、第二次性徴期前に性ホルモンを投与できれば、骨格も望む性へと変化するし、MTFの場合は声変わりもしなくなると言われています。やはり外見のパス度はその後の人生に大きく関わってくるので、幼少の頃から自分の性自認に関して強い違和感を覚えている場合には、幼少の頃から性ホルモン治療が出来ればと思っています。18歳以上でしかそれが出来ないと言うことは、その可能性を切り捨てる事になりますから」

小口「おっしゃるとおりで第二次性徴期前に性ホルモンが投与できれば身体的性はより近づきますね。MTFでもFTMでもGIDの方が思っている外見への努力というのは普通の男女とは全然違うと思っているんです。より男性らしく、より女性らしくありたいと思っている事に対しての努力や苦労は、シスジェンダー(性自認と身体的性が一致している事)と比べてより多くのウエイトを占めていると思うんです。成人というのは社会に出る年齢ということで成人という線引きがあるのですが、性で言うと既に学校からも違う訳ですから、もっと早い時期からそういった事を認識する事はおかしくないことだと思いますね」

古江「なるほど。ちなみにAGSでは行政や教育機関も対象にしていまして、性の悩む子供の力にもなれないか?と思っております」

小口「GID学会でもそういった事は議論されていると思います。数年前になりますが驚いたことがありまして、軽井沢で全国の小中学校教員の学会があった時に、ちょうどその横を偶然通っていたのですが、マスターベーションに関する模擬店が開かれていまして。昔はマスターベーションが良くない事だという名残がありましたが、今はマスターベーションのやり方まで教員が学ぶ時代になったことに隔世の感がありましたね。ですのでGIDやLGBTQ+に関する事も普通に需要があるはずだと思っています」

古江「ちなみに性教育に関して日本は遅れていると言われていますから、セルフプレジャー(自慰行為)に関しての教育があっても良いと思います」

小口「私は医療者ですから、身体に問題を抱えた人がそう言った欲求をどうやって満たすのか?というのも大事な問題なんですね。昔はニフティ(インターネット以前の情報BBS)等で情報収集していましたが、やはり身体障害者の性的欲求を満たす事は必要ですし、LGBTQ+に関しては認知も広がっているはずなのでもっと一般的な話題として進んで良いと思いますね。あと私が古江さんのとても良いと思ったのは、セクシャルマイノリティだけじゃ無い性の部分も取り扱おうとされていると感じて、これも大事だと思うんですよね」

古江「今の世の中は、LGBT側の意見だけが、良くも悪くも取り上げられているイメージがあるんですね。確かに色々辛い部分があるわけで、差別的だとか侮辱的な発言が飛んでくる事もあるわけですが、みんなが悪意を持ってそれを言っているのかと言えば違うと思いますし、仮にそんな言葉が飛んできたとしても、一回考えるんですね。本当にそれが悪意を持った言葉なのかを。誤解が起こる一番の原因は、ジェンダーの正しい知識が浸透していないからだと思うのですね。分からない事には人間は正確には答えられないわけですから。今って被害者の声は結構強く飛んでいくのですが、世の中を構成しているのは大多数のシスジェンダーな訳です。確かに性的少数者の小さな声を聞く事は大事なわけですが、それと同時に大多数のシスジェンダーの声も聞かないと、真の共生社会は訪れないと思っています」

小口「同感ですね。僕は小さい頃から男と女しかいないと思っていたんですよね。ところが大人になってジェンダーの知識を得ることで、それを受け入れる事が出来るようになっていったのですけど、最初からジェンダーマイノリティがいる事は普通なんだよっていう教育が根付けば、子供の教育も変わってくるしそう言った方が大人になれば認識も広がっていくと思うんです。例えば小さな村等の限られたコミュニティだと、村の外から来た人間が歩いていただけで噂になって警戒もする。コミュニティを守るためにはそう言った警戒心も必要なのですが、分かり合うと言う意味では分けて考える必要がありますし、心の余裕を持つ必要がありますね」

古江「日本は鎖国していた時期もありますし、外から来るものに対して警戒する事はすごくあると思います。ただ相手の立場に立ってものを考える事は必要ですから、心の余裕を持つ事は大切だと思います。ただ今の状況は、派遣法が規制緩和された結果、日本の厚かったはずの中間層がどんどん貧乏になっていき、心の余裕が少なくなっているような気もします」

小口「確かに社会や個人に余裕が無いと人を認める事は難しいかもしれません。が、ひとり一人が自分の性自認も含めて理解する事が、他人を理解する事や心の余裕にも繋がる気がしますね

【今後私達がどんな事を行っていけば良いか?病院内での間違った思い込み】

古江「ありがとうございます。ここから話題は変わりますが、今後私達がどんな事を行っていけばジェンダーに悩む人を助けられると思いますか?」

小口「10年前に最初にホルモン治療の患者様を診た時に、ネットワークが無いなと思ったんですよ。その当初はネットのチャットやオフ会等で情報交換をしていたんですね。その当時は個人の努力に委ねられていたので、それが横に広がっていく事が出来ればと思いました。今は口コミでぱっと広がる時代ですから、ネットなどを使って当事者が相談できるシステムなど、出来れば良いですね」

古江「そうですね。確かに当事者を助けたい気持ちはあります。ただAGSとしてはジェンダーコンサルティングサービスなので、色々な企業様に理解を広げて行きたいですね。おそらく言い出せない方々が大多数だと思いますから」

小口「企業の上の人達が社員の中に当事者いる事を知らない事が多いと思います。現場では知っているのだけど、上に意見として上がっていない事もあると思いますから、今後広がっていく領域だと思います」

古江「ありがとうございます」

小口「昔はお産婆さんにも男性の方がいたんですね。あまり知られていない事ですが。ただ病院の中だとどうしても助産師さんは女性、といった思い込みがあるのは少し間違っているような気はしますね。いずれ男性の助産師さんが出てくるんじゃないか、と思っています」

古江「先生の知る範囲で結構なのですが、男性の助産師はいらっしゃるのでしょうか?」

小口「会った事は無いですね。男の助産師さんに関しての議論はあるのですが、そうじゃないでしょって… それで調べてみたら昔は男性のお産婆がいたという。確かに助産師は濃厚に接触する事になるのですが、だからといって男性が良くないのかというとそれはまた別だと思いますしね。宗教上の理由なら仕方が無いですが」

古江「産婦人科の先生は男性が多いですし、助産師さんに男性がいても問題はないと思いますね」

小口「男性だから出来る事もあると思いますしね」

古江「ジェンダー平等など色々と言われていますが、男女の区切りはあると思います。男性には男性が出来る事がありますし、女性には女性が出来る事があると思います。お互いが上手く補完しあっていければいいですよね」

小口「身体的には違う訳ですから、区別しなくてはいけない部分もありますが、男だったらこうあるべき、女性だったらこうあるべき、という考えは無くした方が良いと思いますね

古江「そうですね。女性的な男性がいても良いし、男性的な女性もいて良いと思います」 古江「最後に、長野県をもっと良くしていくために、GIDに携わる医師さんのコミュニティが形成されたとしたら、どんな事が可能になりますでしょうか?」

小口「経験の共有ができますね。患者さんが他の地域に移動した時に、注射できる場所があるのか分からない事もありますし、医者が動けない事も多々あります。そう言ったネットワークがあれば情報のやりとりも出来ますし、何よりスキルアップに繋がると思うんですね」

古江「なるほど。気軽に雑談出来るような機会があれば、ということでしょうか?」

小口「そうですね。気軽にお酒でも注ぎながらお話しできる機会があれば、徐々にそういったコミュニティにも出来上がってくると思います」

古江「分かりました。私の方でそう言ったコミュニティが出来るよう頑張って動きたいと思います。本日はありがとう御座いました」

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ひとり一人が自分の性自認も含めて理解する事が、他人を理解する事や心の余裕にも繋がる気がしますね。

佐久医療センター 産婦人科部長 周産期センター長小口 治